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津地方裁判所四日市支部 昭和34年(ワ)45号 判決 1962年5月29日

原告 嶋田幸吉

被告 株式会社近畿相互銀行

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対して、別紙目録<省略>記載の各物件について津地方法務局四日市支局昭和三十三年三月十三日受付第二三七八号をもつてなされている各根抵当権設定登記、および同支局同日受付第二三七九号をもつてなされている各所有権移転請求権保全の仮登記の抹消登記申請手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、「(一)、別紙目録記載の各物件(以下一括して「本件土地、家屋」という)はいずれも原告の所有に属するものであるが、これらの物件について津地方法務局四日市支局昭和三十三年三月十三日受付第二三七八号をもつて、同日付の被告と稲垣儀三郎間の継続的手形割引契約、継続的貸付契約、継続的相互掛金契約、継続的支払承諾契約に因る、被告の稲垣儀三郎に対する債権元本極度額六十万円、百円につき一日五銭の割合による弁済期後の遅延損害金を被担保債権とする根抵当権の設定登記、および同支局同日受付第二三七九号をもつて、同日付の被告と原告間の、前記根抵当権の被担保債権の弁済をしないことを停止条件とする本件土地、家屋の代物弁済契約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記(以下右各登記を一括して「本件登記」という)がそれぞれなされている。(二)、しかしながら、原告は本件登記の原因とされている根抵当権設定契約、停止条件付代物弁済契約を被告と結んだことも、また本件登記の申請手続をしたこともない。(三)、したがつて本件登記はいずれも無効であるから、その抹消登記手続を求める。」と述べ、被告の主張に対する答弁として、「(一)、原告が被告の調査係員に対して、被告が主張するような被告と稲垣儀三郎間の契約について連帯保証人となること、および本件土地、家屋に根抵当権を設定し、その代物弁済の予約をすることを承諾する旨述べたこと、原告が稲垣一に対して被告が主張するような契約を結ぶについて原告の代理権を与えたこと、原告が右一に原告の印、印鑑証明書を交付したことはいずれも否認する。その余の被告主張事実は全部知らない。」と述べた。<証拠省略>

被告代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として、「(一)、本件土地、家屋が原告の所有に属すること、本件土地、家屋について本件登記がされていることは認める。(二)、昭和三十三年三月十三日被告の代理人である被告の四日市支店貸付係員坂井育二が、稲垣儀三郎の代理人である稲垣一との間で、被告の稲垣儀三郎に対する債権元本の極度額を六十万円、弁済期はその都度定めること、弁済期後の遅延損害金を百円につき一日五銭として、契約存続期間を定めない継続的手形割引契約、継続的貸付契約、継続的相互掛金契約、および継続的支払承諾契約(以下一括して「本件取引契約」という)を結び、同時に、原告の代理人でもあつた右稲垣一との間で、原告は本件取引契約に基く稲垣儀三郎の債務を連帯して保証すること、原告がその所有に属する本件土地、家屋について、本件取引契約に基く被告の稲垣儀三郎に対する債権元本極度額六十万円、百円につき一日五銭の割合による弁済期後の遅延損害金を被担保債権とする根抵当権を設定すること、および稲垣儀三郎が本件取引契約に基く債務を履行しない場合には、被告の一方的意思表示によつて、本件土地、家屋をその代物弁済に充ることができることを約束した。(三)、仮に稲垣一に稲垣儀三郎を代理して本件取引契約を結ぶ代理権がなかつたとしても、本件取引契約が結ばれた際、儀三郎は同人と被告との取引に関する通帳、および被告に届出でてあつた同人の印を一に交付していたのであるから、右通帳に関する被告との取引についての代理権を一に授与していたのであり、また一が持参した儀三郎の印鑑証明書の印は、一が持参した印と同一のものであつたから、前記の被告の貸付係員が一に本件取引契約の締結についても儀三郎の代理権があると信じたことには正当の理由があり、かつ過失もなかつたというべきであるから、本件取引契約は儀三郎についてその効果を生じたものといわなければならない。(四)、被告が稲垣一から本件取引契約の締結、および融資の申込を受けた際、一から原告が連帯保証人となり、かつ担保を提供してくれるときいたので、昭和三十三年二月二十七日、被告の調査係員服部俊親が原告とその自宅において面接し、原告に対して、被告が稲垣儀三郎と本件取引契約を結ぶについて、儀三郎のために連帯保証人となり、また本件土地、家屋について前記のような根抵当権の設定、代物弁済の予約をする意思があるかどうかを尋ねたところ、原告はその意思がある旨述べた。そして同年三月十三日に稲垣一と被告の貸付係員坂井との間で前記の本件土地、家屋についての根抵当権設定契約、代物弁済予約が結ばれた際、一は原告の印と印鑑証明書を所持していたのであるから、仮に一が右各契約を結ぶについて原告の代理権を与えられていなかつたとしても、右係員が一に右各契約の締結について原告の代理権があると信じたことには正当の理由があり、かつ過失もなかつたというべきであるから、前記の本件土地、家屋についての根抵当権設定契約、代物弁済の予約は、原告についてその効果を生じたものといわなければならない。(五)、したがつて、右の各契約を原因としてなされた本件登記は有効であつて、これを抹消すべき理由はない。」と述べた。<証拠省略>

理由

本件土地、家屋が原告の所有に属すること、本件土地、家屋について本件登記がされていることは当事者間に争いがない。

証人坂井育二、同益川文一の各証言、ならびに証人益川の証言および証人稲垣儀三郎の証言によつて、益川文一作成名義の部分が真正に、原告、稲垣儀三郎各作成名義の部分がいずれも稲垣一によつて、それぞれ作成されたと認められる乙第一号証、稲垣一によつて作成されたと認められる乙第二号証を合わせて考えると、昭和三十三年三月十三日に被告の四日市支店において、同支店貸付係員坂井育二と稲垣一との間で、(1) 、被告、稲垣儀三郎間の、被告の儀三郎に対する債権元本の極度額を六十万円、貸付利息、割引料は各取引時における被告所定の利率、時期、計算方法により支払うこと、遅延損害金は百円につき一日五銭の割合、契約の存続期間を定めず、被告が何時でも解約することができることとする継続的手形割引契約、継続的貸付契約、継続的相互掛金契約、継続的支払承諾契約(本件取引契約)(2) 、被告、原告間の本件取引契約に基く儀三郎の被告に対する債務を原告が連帯して保証するとの連帯保証契約、および本件取引契約に基く儀三郎の被告に対する債務を担保するため、原告が本件土地、家屋について、元本極度額を六十万円とする順位一番の根抵当権を設定するとの根抵当権設定契約、ならびに右連帯保証契約による債務を履行しないことを停止条件として、本件土地、家屋をその代物弁済に充てるとの代物弁済契約がそれぞれ結ばれたことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そこで、稲垣一が右のような契約を結ぶについて、稲垣儀三郎、原告の代理権を有していたかどうかについて考えてみる。

証人益川文一、同稲垣儀三郎の各証言を合わせて考えると、稲垣儀三郎は昭和二十二年頃から、当時の住所であつた四日市市大字日永で中古自転車の塗装業を営んでいたが、昭和二十四年頃から、養子である稲垣一に右の住所で儀三郎名義を使用して自転車販売業を行わせ、その営業に関する一切の行為を一に任かせていたこと、本件取引契約は右の自転車販売業の営業資金を被告から借受けるために結ばれたものであることを認めることができ、右認定を妨げるに足りる証拠はない。

右に認定した事実によると、稲垣一は本件取引契約を結ぶについて、稲垣儀三郎の代理権を有していたものということができる。証人稲垣儀三郎の証言中には、同人は一が本件取引契約を結ぶことを全く知らなかつた旨の証言があるが、右証言は証人益川文一の証言に照らすとたやすく信用できないのみでなく、前記認定のとおり、儀三郎は同人名義の自転車販売業の営業に関する行為一切を一に任かせていたのであるから、右の営業に関する行為について包括的に一に代理権を与えていたというべきであり、したがつて、仮に儀三郎が、一が本件取引契約を結ぶことを知らなかつたとしても本件取引契約を結ぶについての一の代理権を否定することはできない。

稲垣一が前記認定の原、被告間の根抵当権設定契約、代物弁済契約を結ぶについて、原告からその代理権を与えられていたことを認めるに足りる証拠はない。しかし、証人服部俊親、同坂井育二の各証言、および原告本人尋問の結果、ならびに真正に作成されたことに争いのない乙第五号証、前記乙第一、二号証を合わせて考えると、被告は稲垣一から本件取引契約の締結、および融資の申込、および原告が連帯保証人となり、担保も提供してくれるとの申出を受けたので、被告の四日市支店調査係員服部俊親が、昭和三十三年二月二十六、七日頃原告方で原告に面接した際、原告は右服部に対して、稲垣儀三郎と被告との間に結ばれる本件取引契約に基く儀三郎の債務を担保するため、被告と本件土地、家屋について根抵当権設定契約、代物弁済契約を結び、また右代物弁済契約に基く仮登記をする意思がある旨を述べたこと、前記認定のよおり同年三月十三日に稲垣一が被告の四日市支店貸付係員坂井育二と契約をした際、一が原告の印および印鑑証明書を持参したこと、坂井は右のとおり調査係が原告の意思を確めてあり、かつ一が原告の印、印鑑証明書を持参していたので、前記認定の連帯保証契約、根抵当権設定契約、代物弁済契約を結ぶについて、一に原告の代理権があるものと考え、一との間で右各契約を結んだことを認めることができる。原告本人の供述中右認定に反する部分は、原告本人の供述の他の部分に、証人清水益、同嶋田たね、同田中愛子の各証言と対比してみるとたやすく信用できない点が多いことから推して、たやすく信用することはできず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右に認定した事実によると、被告の四日市支店貸付係員坂井育二が、稲垣一と前記の根抵当権設定契約、代物弁済契約を結ぶについて、一に原告の代理権があると信じたことには正当な理由があり、かつ過失がなかつたというべきである。

右認定の原告が被告の調査係員に対して、稲垣儀三郎の債務を担保するため根抵当権設定契約、代物弁済契約、仮登記をする意思があること表示したことをもつて、原告が右各契約を結ぶ代理権を稲垣一に与えるということを表示したものということはできないし、また原告が一に他の何等かの代理権を与えたということを認めるに足りる証拠もない。(前記のとおり、契約を結んだ際一が原告の印および印鑑証明書を持参していたことは認められるが、一が右印、印鑑証明書を原告から直接、あるいは、原告から直接ではないがその承諾を得て交付を受けたものであることを認めるに足りる証拠はないから、右の事実から原告が一に何等かの代理権を与えていたと認めることはできない。)

しかし、原告は前記のとおり、本年土地、家屋について根抵当権設定契約、代物弁済契約締結、および仮登記をする意思があることを、契約の相手方となるべき被告に対して直接表示したものであり、このような表示をした者は、その代理人と称する者のした行為について、右の表示を信頼した者に対して、他人に代理権を与えたことを表示した者が、その他人の行為について負うと同様の責任を負うと解するのが、取引の安全を保護するため相当であり、被告の貸付係員坂井育二が稲垣一に原告の代理権があると信じたことに正当の理由があり、かつ過失がなかつたことは前記のとおりであるから、一が原告の代理人として結んだ前記の本件土地、家屋についての根抵当権設定契約、代物弁済契約の効果は、原告について生じたものといわなければならず、したがつて、この契約を原因としてなされた本件登記は有効である。

してみると、本件登記がその登記の原因なくしてなされたため無効であることを理由としてその抹消を求める原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺井忠)

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